テッドマン/刺繍ワークシャツ/ベージュ/tes-1100/カミナリ シャツ 【★超目玉】

　詩人で童話作家の宮沢賢治（1896～1933年）は26歳の1923年夏、故郷の岩手・花巻から、当時日本領の南樺太（現ロシア・サハリン南部）へ13日間の列車旅行に出た。帰途の12日目、北海道の渡島（おしま）半島を南下する車中で、左に駒ケ岳（1131メートル）を見た。詩集「春と修羅」に収めた「噴火湾（ノクターン）」で＜駒ケ岳駒ケ岳/暗い金属の雲をかぶつて立つてゐる/そのまつくらな雲のなかに/とし子がかくされてゐるかもしれない＞と記す。

　それは前年冬、結核で亡くした妹トシの魂を北国の景色に追い求める旅だった。

　　　　■

　聡明（そうめい）なトシは日本女子大で、特定の宗教の枠を超えた広い信仰を学んだ。賢治も人類全体の救済を目指す大乗仏教の法華経に心酔。2歳違いの良き理解者同士だった。花巻市にある宮沢賢治記念館学芸員の牛崎敏哉さん（67）は「賢治にとって単にかわいい妹ではない。今年はトシの没後100年。自立し、賢治に影響を与えたことが改めて見直されている」と指摘する。

　賢治は詩集で、トシの臨終を記す。病気がちだったトシは＜うまれでくるたて/こんどはこたにわりやのごとばかりで/くるしまなあよにうまれてくる＞とつぶやく。生まれ変われば自分のことだけで苦しまず、人に尽くしたいと願った。

　一方で賢治は、病床のトシに寄り添わず、好き勝手してきたことを後悔する。賢治も信仰の道を真っすぐ進みたいと考えていたが、自らを＜おれはひとりの修羅なのだ＞と言い、混乱を抱えていた。修羅は争いの絶えない悪神、または争いの場を指すが、賢治にはもっと深い意味があったようだ。＜わたくしが青ぐらい修羅をあるいてゐるとき/おまへはじぶんにさだめられたみちを/ひとりさびしく往（い）かうとするか/信仰を一つにするたつたひとりのみちづれのわたくしが/あかるくつめたい精進のみちからかなしくつかれてゐて/毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふとき＞と戸惑う。

　トシは病身の外見を気にする。賢治は＜髪だつていつさうくろいし/まるでこどもの苹果（りんご）の頰だ/どうかきれいな頰をして/あたらしく天にうまれてくれ＞と祈る。トシは1922年11月、24歳で旅立った。

　翌年7月、賢治は樺太へ向かった。現地の王子製紙に、花巻農学校（現・県立花巻農業高）の教え子の就職を依頼するためだが、牛崎さんは「それは建前。相手先から訪問の約束も取らずに行った。目的はトシの魂の行方探しだった」と話す。

　賢治はこの旅で詩10編を書き、5編を詩集に入れた。トシの魂が幸福な所に着いたか確信できず、苦悩する。

　枕木を焼いた柵が立ち、黄色いランプがついている停車場があった。駅長はいない。＜あいつはこんなさびしい停車場を/たつたひとりで通つていつたらうか＞。樺太の海岸を歩きながら＜とし子はあの青いところのはてにゐて/なにをしてゐるのかわからない＞。そして＜なぜおまへはそんなにひとりばかりの妹を/悼んでゐるかと遠いひとびとの表情が言ひ/またわたくしのなかでいふ＞と自分を責める。また、焼け野原に生えたカバの木に対して＜みんな大乗風の考（かんがえ）をもつてゐる＞と、苦難の先に正しい精神の獲得があると気付いたかのような言葉もある。

　最後に書いた詩が「噴火湾（ノクターン）」。駒ケ岳は噴火湾からせり上がる火山。「ノクターン」は「夜想曲」。夜明けごろ、雲にトシを感じ＜ああ何べん理智が教へても/私のさびしさはなほらない＞。＜わたくしの感じないちがつた空間＞で＜とし子がしづかにわらはうと/わたくしのかなしみにいぢけた感情は/どうしてもどこかにかくされたとし子をおもふ＞と悲しみに沈んだ。

　日本近代文学研究者の恩田逸夫氏は論文で、賢治がトシの魂を追いながら、万人の幸福を祈るべき宗教の道理と、妹を悼むという必然的に起こる個人感情の間で苦しんだとし、この詩は「人間にとって本来的な悲しみが純粋に表されている」と指摘。「心うたれるのも、精神的苦闘を背景としているからだろう」と評価する。賢治はやがて、農民奉仕などに取り組んでいく。

　　　　　■

　賢治の童話「銀河鉄道の夜」は、この旅行が基と言われる。賢治自身らしいジョバンニと、親友カムパネルラが、死者が乗る列車で星座を巡る物語。2人はどこまでも一緒に行こうと約束するが、カムパネルラは突然姿を消した。みんなの幸せのために共に尽くそうと誓い合った仲だったのに――。カムパネルラは誰か。有力な説の一つにトシがある。【去石信一】

　　　　◇

　宮沢賢治は地質調査などのため、岩手県を中心に多くの山に登った。岩石を割る調査用ハンマーをもち、宮沢賢治記念館の牛崎敏哉さんは「賢治がたたいていない山はないと言われるほどです」。特に登ったのが岩手山（2038メートル）だ。級友や教え子、家族らと登り、たいまつを手に夜行のこともよくあった。

　1人でも夜に登った。盛岡中（現・岩手県立盛岡一高）時代、父への手紙で「念仏も唱へ居（お）り。仏の御前には命をも落すべき準備充分。幽霊も恐ろしく之（こ）れ无（な）く候（そうろう）。念仏者には仏様といふ味方が添ひて御護（まも）り下さる」と書き送った。

　賢治の主治医の著書によると、当時、岩手山のふもとの社務所で1人10銭、その先の水飲み場で5銭徴収され、賢治は不満だった。教え子10人余りを引率した時、社務所は道を外してやぶの中を歩かせてかわした。崖近くの水場は道を歩くしかなく、係の老人に5人とごまかして素早く全員に水を飲ませて通過。25銭を置いた。老人は「えらく大勢でねえっか」といぶかったが、賢治は「何、そんでもねえんす」と返事したという。

　「春と修羅」に収めた「東岩手火山」は生徒と夜に登った時の詩だ。山頂部の薬師火口の中に、小さな御室火口が二重にあり、生徒はそこに入ったりした。賢治は北斗七星やオリオン座を説明し、＜二十五日の月のあかりに照らされて/薬師火口の外輪山をあるくとき/わたくしは地球の華族である＞とうたった。